福岡高等裁判所 平成10年(ネ)820号 判決
主文
一 原判決中、被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村に対する請求部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村は、控訴人志柿敏及び控訴人志柿トモエに対し、連帯して各六〇一万四二一円及びこれに対する被控訴人杣の里においては平成八年一二月一四日から、被控訴人矢部村においては平成九年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村は、控訴人井田さとみに対し、連帯して金二六万七〇七二円及びこれに対する被控訴人杣の里においては平成八年一二月一四日から、被控訴人矢部村においては平成九年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人らの被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村に対するその余の請求いずれも棄却する。
二 控訴人らの被控訴人福岡県に対する本件各控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らに生じた費用の五分の四並びに被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村に生じた費用の五分の四を控訴人らの、控訴人らに生じたその余の費用並びに被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村に生じたその余の費用を同被控訴人らの負担とし、被控訴人福岡県に生じた費用を控訴人らの負担とする。
四 この判決は、第一項1、2及び第三項に限り、仮に執行することができる。
ただし、被控訴人財団法人秘境杣の里及び被控訴人矢部村がそれぞれ、控訴人志柿敏に対し一五〇万円、控訴人志柿トモエに対し一五〇万円、控訴人井田さとみに対し五万円の各担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨(控訴人ら)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人志柿敏(以下「控訴人敏」という。)及び控訴人志柿トモエ(以下「控訴人トモエ」という。)に対し、連帯して各金三六二八万六一二九円及びこれに対する被控訴人社団法人秘境杣の里(以下「被控訴人杣の里」という。)及び被控訴人福岡県においては平成八年一二月一四日から、被控訴人矢部村においては平成九年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人井田さとみ(以下「控訴人井田」という。)に対し、連帯して金一三三万五三六四円及びこれに対する被控訴人杣の里及び被控訴人福岡県においては平成八年一二月一四日から、被控訴人矢部村においては平成九年九月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら)
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 事案の概要
事案の概要は、当審において追加された主張を次のとおり加えるほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人ら)
本件事故現場と「やまめつかみ捕り広場」の間の御側川左岸(南側)の一部には、南側の山から崩落してきた多量の岩石が積もっており、また、大小の多数の枯れ枝が途中の樹木に引っかかって落ちそうになっている状況がある。そして、本件事故現場南側崖上の原生林の内部にも枯れ木が散在している。したがって、本件事故現場南側の崖上から落石や落木がある危険性を十分に予見することが可能である。
被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村は、かつて本件事故現場付近の通路にロープを張って本件事故現場である渓流内に立ち入れないようにしていた。また、杣の大吊り橋の左岸側橋脚の上方には落石防護ネットが設置されている。これらは、右被控訴人らが本件事故現場付近の落石、落木等の危険を認識していた証左であり、右被控訴人らに本件事故の予見可能性はあったのである。
(被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村)
一 右被控訴人両名は、本件事故現場南側の崖上から人の生命身体を侵害するような落下物があることを予め予見することができなかった。その理由は、原判決に主張整理されているほか、次のような事情がある。
本件事故現場南側一帯の山林は、被控訴人福岡県の県行造林であり、森林看守人が置かれていることなどもあって、被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村は、そこでは民間とは比較にならないほど高度の管理が行われているものと信じており、県行造林地域内から枯木の幹が落下してくることは予見できなかった。
二 右被控訴人両名は、かつて本件事故現場側に木橋が架けられていなかったころ、観音滝展望所に至る遊歩道として御側川の右岸(北側)に柵を設け、手摺りを作り、ロープを張るなどしていたが、それは通路を表示し、また、川への転落防止などを目的としたものであって、本件事故現場が危険であるとして立入りを禁止する意図ではなかった。
三 過失相殺
仮に、右被控訴人両名に責任があるとしても、本件公園(秘境杣の里渓流公園)は、自然に接する機会を作るべく設立された施設であるが、それだけに公園施設の範囲外には自然による思いがけない危険が潜んでいる可能性があるのであるから、公園の入園者としては、公園敷地の範囲内で行動し、敢えてその外に出て危険を冒さないようにすべき注意義務があるのに、本件においては被害者志柿豪(以下「豪」という。)及び控訴人井田がその範囲外に出て水遊びなどしたことから本件事故に遭う結果を招いたものであり、被害者らに過失があるから、過失相殺すべきである。
(被控訴人福岡県)
一 被控訴人福岡県は、平成二年に杣の大吊り橋の左岸側橋脚の上方に落石防護ネットを設置したが、それは、右吊り橋が建設された際付近の人工林の立木を伐採したため、被控訴人矢部村の申請を受けて、右吊り橋の橋脚部分やこれに繋がる近辺の遊歩道の利用者を落石や落木から保護する目的で治山事業として行ったものであり、本件事故現場南側崖上の原生林とは、状況が全く異なる。また、本件事故現場南側崖付近に防護ネットを建設することは困難でもある。
二 県行造林事業は、「県が他人の所有する土地に地上権を設定して保持する森林で、県の森林経営の用に供することを目的とするもの」(福岡県県営林規則二条)であり、木材生産事業(森林経営)にほかならず、民間による営林事業と何らその実態は異ならない。森林看守人は、盗伐、火災、病害虫等、森林育成や木材生産を阻害する事象を防止する目的で、定期的に山林の看守(巡視)をしているにすぎず(福岡県県営林看守服務規程三条)、県行造林が民間林以上の高度の管理をしていることはなく、林業従事者の多い被控訴人矢部村が、これらのことを知らず、県行造林では民間と異なって高度な管理が行われていると信じていたことは理解に苦しむ。
第三 当裁判所の判断
一 前提事実
次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一1(原判決二二頁八行目から同三〇頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二二頁八行目の「乙一から九、」の次に「一六、丙一ないし四、」を、同八行目から九行目の「同栗原守男」の次に「原審証人坂井和雄」を、同九行目「原告さとみ」の次に「、当審検証の結果、弁論の全趣旨」をそれぞれ加える。
2 同二三頁二行目の「計画され、」の次に「平成元年に」を、同行目の「その委託により、」の次に「そのころ福岡県知事から設立許可を受けて設立された」を、同七行目の「渓流広場、」の次に「水着に着替えたりするための更衣室、」をそれぞれ加え、同九行目の「本件公園の敷地の範囲は」を「本件公園の敷地として被控訴人矢部村が所有などしている土地の範囲は」と、同二四頁三行目の「記載されている。」を「記載されており、本件公園の右敷地内と敷地外とを区別する標識はなく、敷地内外の本件公園施設は一体として入園者の利用に供されている。」とそれぞれ改め、同二五頁初行から四行目末尾までを削除し、同六行目の「本件公園」を「本件公園敷地」と改める。
3 同二六頁二行目の「本件事故現場南側は、」の次から九行目末尾までを次のとおり改める。
「御側川から垂直に切り立った崖で、高さ目測三〇メートルまでは岩肌が露出しており、その上は急傾斜地で、東西目測五〇メートル、高さ目測一〇〇メートルの範囲で原生林が存在している。この原生林は、本件事故現場から見上げても、崖上に枝を伸ばしている樹木が見えるだけで、その状況は分からない。崖上の原生林の中は、樹木(雑木)が生い茂っており、岩石、朽ち木、枯れ木が散在している。右原生林の内本件事故現場南側崖に近い部分は、傾斜が急すぎて立ち入ることは不可能である(同所に分け入ることが困難であることなどから、本件樹木が崖下に落下する前どこに存在していたかは確定できないものの、本件事故当時は晴天であり、強風があったことは認められないことなどから、本件樹木は本件事故現場南側崖近くに存在していたことが窺われる。)。被控訴人らは右原生林が存在することは知っていた。
被控訴人福岡県は、昭和二六年に右崖及び原生林を含む山林(矢部村大字北矢部字本川内<番地略>)ほか一帯の山林について、所有者との間で「公有林野県行造林契約書」を交わし、所有者から地上権の設定を受けて、苗木(杉)を植え、育てた木を売り払った後その利益を土地所有者と折半するという形態で営林事業を営んでいるが、右原生林部分は急傾斜地であるため人が分け入るのが危険であり、植林除外地となっている。」
4 同二六頁末行の「(北側)」を「(南側)」と、同二七頁二行目の「丸木橋」、同八行目の「丸太橋」をいずれも「木橋」とそれぞれ改める。
5 同二七頁八行目の次に改行の上、次のとおり加える。
「(6) 被控訴人福岡県は、杣の大吊り橋が建設された際左岸(南)側橋脚付近の人工林の立木を伐採したため、被控訴人矢部村の申請を受けて、右吊り橋の橋脚部分やこれに繋がる近辺の遊歩道の利用者を落石や落木から保護する目的で治山事業として平成二年に右吊り橋の左岸側橋脚の上方に落石防護ネットを設置した。
やまめつかみ捕り広場と本件事故現場との間の左岸(南側)河原には、平成一〇年六月ころ、大雨が降った際に、南側山林の迫(谷)部分から流れ出した小石や枯れた小枝が堆積したことがあった。」
6 同二八頁二行目の「人影が見えなくなったので、」の次に「二人は本件事故現場に行き、」を加え、同三行目の「その時、」を「本件事故現場において二〇分程経過したとき、」と改め、同五行目の「豪は」の次に「頭蓋骨高度粉砕骨折、左上腕部骨折、左脛骨、腓骨複雑骨折等の傷害を負い、」を加える。
二 被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村の責任について
1 右被控訴人両名は、本件公園利用者に対し、一般的な安全配慮義務があること、本件事故現場も右安全配慮義務を尽くすべき対象範囲に含まれることは、次のとおり改めるほか、原判決(三〇頁一〇行目から同三三頁五行目まで)が判示するとおりである。
原判決三二頁七行目の「丸太橋」を「木橋」と改め、同九行目の「川幅が狭くなっていること、」の次に「本件公園には更衣室を備えた渓流広場があり、そこでは渓流に入って水遊びすることも予定されており、右パンフレットにも渓流に入って水遊びをしている写真が掲載されていること、」を加え、同三三頁四行目の「本件事故現場」から同五行目末尾までを「本件事故現場である渓流も、公園利用者の利用に供されている場所ということができる。」と改める。
2 安全配慮義務違反について
(一) 前記のとおり、被控訴人矢部村及び被控訴人杣の里は、本件公園の設置者又は管理者として、公園施設の利用に伴って入園者の生命身体に危険が及ぶことがないようにすべき安全配慮義務が認められるので、以下、本件事故について、右被控訴人らに安全配慮義務違反が認められるかどうか検討する。
(二) 前記認定の事実によれば、(1)本件事故現場南側崖の上は急傾斜の原生林であり、植林除外地となっていて、そこには朽ち木、枯れ木、岩石等が散在しており、(2)右崖は本件事故現場の幅約五メートルの川の端から垂直に切り立っており、崖上から落下物があると川の中に落下する位置関係にあり、(3)本件事故現場のすぐ上流には観音滝があり、展望所も設けられていて、入園者のうち相当数が右展望所への経路として本件事故現場側の遊歩道を通行することは十分に予想され、(4)遊歩道から本件事故現場の渓流に入るのは容易であり、(5)本件公園は「渓流公園」と名付けられており、渓流(御側川)での水遊び、やまめのつかみ捕りが行われており、本件事故現場の渓流も公園利用者の利用に供されているといえるのであって、以上によれば、頻度は稀であるとしても、管理不可能な本件事故現場南側崖の上から本件事故現場の渓流に落石、落木がある可能性は認められ、一方、公園化したことにより相当数の公園利用者が本件事故現場の渓流に立ち入る可能性が増大し、その結果、落石、落木により本件事故現場において人身被害をもたらす危険は増大したのであるから、公園利用者の安全について配慮すべき義務がある本件公園の設置、管理者は、本件事故現場について、落石、落木の可能性のある危険箇所として立て札を立てて注意を喚起したり、あるいは立入禁止にするなどの措置をとるべきであったといわざるを得ない。
したがって、本件事故現場について右注意喚起ないし立入禁止等の措置をとっていなかった被控訴人矢部村及び被控訴人杣の里には、本件事故について安全配慮義務違反の責任があるというべきである。
原判決は、本件事故現場南側崖上から本件事故現場に樹木はもちろん人に危害を加えるような物が落下してくることは予想できなかったとして、被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村の安全配慮義務違反はないと判断したが、前記認定の本件事故現場南側崖上の状況、右崖と本件事故現場との位置関係等に照らし、右判断は是認できない。
(三) 平成七年七月から本件公園の現場の総括責任者(被控訴人杣の里の総務課長)であった原審証人平田裕康は、本件公園及びその周辺で落木があったという報告を受けたことはないと証言し、本件事故後の平成八年一〇月から被控訴人矢部村の助役に就任し被控訴人杣の里の事務局長も兼ねている原審証人栗原守男は、本件公園及びその周辺で落木、落石事故があったという話は聞いたことがないと証言しているが、これらの各証言は、各証人が右職務に在任中ころ本件公園及びその周辺において、本件事故を除いて、話題となり、あるいは報告を受けた落木、落石がなかったことの証明にはなるとしても、前記認定の本件事故現場南側崖上の状況からすると、同所から崖下にあたる本件事故現場への落木や落石がなかったことの証明としては不十分である。
(四) また、被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村は、本件事故現場南側崖上からの落木は予想できなかったとして、林業に詳しい者の陳述書(乙一三ないし一五、一八)を提出するが、これらの陳述書がいうところは、原生林では枯れ木や朽ち木が存在しても樹木が密生しているためその場から転がったり滑るなどして他へ移動し、また、飛ばされることはありえない、というのである。しかしながら、本件崖上は急傾斜地であるから、立ち枯れした大木が折れるなどして崖下へ落下することが考えられるのであって、右各陳述書は、本件崖上の地形を考慮しない一般論を述べるものに過ぎないというべきであり(ただし、宮崎哲郎作成の乙一四は、落下を遮るものがない崖際などでは落木があり得る旨述べている。)、採用できない。
(五) 被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村は、本件事故現場南側一帯の山林は、被控訴人福岡県の県行造林であり、森林看守人が置かれていることなどから、そこでは民間とは比較にならないほど高度の管理が行われているものと信じていたものであり、県行造林地域内から枯木の幹が落下してくることは予見できなかったと主張し、その旨の陳述書(乙一九)を提出する。しかしながら、本件事故現場南側崖上の山林は周囲の杉林と林相が異なっており、急傾斜地の原生林で、植林除外地であることは一見して明らかであるから(甲一一、乙一六、当審検証の結果)、右陳述書は採用することができない。仮に、右被控訴人両名がそのように信じていたとしても、右崖上の状況にかんがみるとそのように信じるにつき右被控訴人両名に落ち度が認められるから、安全配慮義務違反の責任の有無に影響を与えるものではない。
(六) 以上によれば、被控訴人矢部村及び被控訴人杣の里は、安全配慮義務違反により本件事故を惹起したものであるから、豪及び控訴人井田に生じた損害を賠償すべき責任がある。
また、以上認定の事実によれば、被控訴人矢部村の本件公園の設置又は管理に瑕疵があったことも認められるから、同被控訴人は国家賠償法二条一項の責任を免れない。
3 過失相殺について
前記認定の事実によれば、本件公園は山中の渓流公園であり、本件事故現場の渓流は、人工施設とは異なり自然のまま公園利用者の利用に供されていたものであって、渓流広場ややまめつかみ捕り広場等とも異なり、本件公園のパンフレットや案内板に渓流に入って遊ぶ場所として掲示されてはいなかったこと、また、そこは垂直に切り立った崖下であり、崖上には枝を伸ばしている樹木が見えることなどを考えると、崖上から本件事故現場への落木、落石の危険性は豪及び控訴人井田においても認識可能であったと認められ、自ら危険な場所に進入して本件事故に遭遇した豪らには本件事故を招いたことについては八割の過失を認めるべきである。
4 損害について
(一) 豪
(1) 逸失利益
証拠(甲三、五、原審控訴人敏)によれば、豪(昭和四八年三月四日生。死亡当時二三歳。)は福岡県警察官として勤務し、独身で、平成七年度の給与収入は四四〇万七五〇五円であったことが認められるから、生活費控除を五割として、中間利息の控除についてライプニッツ係数を採用して、逸失利益を算定すると、次のとおり、三八九二万四二一九円となる。
(算式)
440万7505円×(1−0.5)×17.6627(四四年のライプニッツ係数)=3892万4219円
(2) 葬儀費用
豪の職業、年齢その他本件に顕れた事情を総合すると、葬儀費用として一二〇万円を損害と認めるのが相当である。
(3) 慰謝料
本件事故内容その他諸般の事情を総合すると、豪の死亡による慰謝料として二〇〇〇万円(一八〇〇万円)を認めるのが相当である。
(4) 合計 六〇一二万四二一九円
(二) 控訴人井田
(1) 治療費、入院雑費等
証拠(甲六、七の1ないし14、原審控訴人井田)によれば、控訴人井田は豪と結婚を前提として交際中であり、本件事故当時豪と一緒にいて本件事故により左臀部、右下肢打撲の傷害を負ったほか、頭蓋骨高度粉砕骨折等により即死した豪を目の当たりにしてしばらくの間意識を喪失し、本件事故の翌日である平成八年七月二九日から同年八月九日までの一二日間外傷後ストレス障害等により宗像水光会総合病院(福岡県宗像郡福間町所在)の心療内科に入院して治療を受け、その後も同年一〇月二一日まで通院治療(通院日数九日)を受け、治療費として一七万〇八九〇円、文書料として三〇九〇円を支払ったことが認められる。右入院雑費として一日当たり一三〇〇円を認めるのが相当であるから、一二日間で合計一万五六〇〇円となる(いずれも消費税額を含む)。
(2) 休業損害
証拠(甲二一、二二)を総合すると、控訴人井田は、本件事故当時財団法人ヤマハ音楽振興会九州支部に音楽講師として勤務し、平成八年七月の報酬額は一八万円余であったが、本件事故後治療の必要及び精神的なショック等により、平成一〇年三月ころ(原審における控訴人井田本人尋問時点)まで従前どおりに講師を行うことは困難となっており、そのうち平成八年八月から同年一〇月までの報酬減額分の合計は請求どおり一四万五七八四円であることが認められる。
(3) 慰謝料
前記認定の本件事故内容、控訴人井田の病状、治療内容、その他本件に顕れた諸般の事情を総合すると、同控訴人の本件事故による受傷の慰謝料として一〇〇万円を認めるのが相当である。
(4) 合計 一三三万五三六四円
5 結論
(一) 豪の損害は前記のとおり六〇一二万四一二九円であるところ、前記のとおりその八割を過失相殺すると、一二〇二万四八四三円となり、控訴人敏と控訴人トモエがこれを各二分の一ずつ相続したので、右控訴人らの被控訴人矢部村及び被控訴人杣の里に対する請求は各六〇一万二四二一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被控訴人杣の里については平成八年一二月一四日、被控訴人矢部村については平成九年九月七日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(二) 控訴人井田の損害は前記のとおり一三三万五三六四円であるところ、前記のとおりその八割を過失相殺すると、二六万七〇七二円となり、右控訴人の被控訴人矢部村及び被控訴人杣の里に対する請求は二六万七〇七二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被控訴人杣の里については平成八年一二月一四日、被控訴人矢部村については平成九年九月七日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
三 被控訴人福岡県の責任について
前記一認定の事実によれば、本件事故現場南側崖上の原生林は、急傾斜地であって人が分け入るのが危険であるため植林除外地となっており、とりわけ、本件事故現場南側崖近くは分け入って管理するのは不可能であり、一般人の立ち入りも予定していないのであるから、右原生林内に枯れ木ある本件樹木が存在していたとしても、通常有すべき安全性を欠いていたということはできず、民法七一七条の竹木の栽植又は支持に瑕疵があったとはいえない。
前記認定のとおり、本件事故時の状況では、右原生林の崖下に位置する本件事故現場に本件公園の入園者が近づく可能性があり、それとの関係で入園者の安全性の確保の問題が生ずるが、この問題は正しく本件公園の設置、管理者にかかる問題であって、右原生林の崖下に本件公園が設置されたからといって直ちに右原生林内の樹木の所有者に民法七一七条の無過失責任が生ずるものではない。
控訴人らは、被控訴人福岡県が本件公園の設置、管理及び運営に深く関与していた上、本件事故現場一帯が本件公園として利用されていることを認識していたことなどを理由に民法七一七条の責任がある旨主張するが、前記認定のとおり福岡県知事が被控訴人杣の里の設立許可をしたこと、吊り橋用地として県有林を提供したこと(弁論の全趣旨)などは認められるものの、それ以上に、本件公園の設置、管理及び運営に深く関与していたことを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用できない。
よって、その余について検討するまでもなく、被控訴人福岡県に対する請求は理由がない。
第四 よって、以上の判断と異なる原判決中の控訴人らの被控訴人杣の里及び被控訴人矢部村に対する請求部分を主文第一項のとおり変更し、控訴人らの被控訴人福岡県に対する請求を棄却した原判決は相当であるから同被控訴人に対する本件各控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六五条一項本文、六四条、六一条を、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言につき同法三一〇条、二五九条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・川畑耕平、裁判官・岸和田羊一、裁判官・白石哲)